明治初期、士族の困窮対策として政府が行った政策として適切なものは(1)。
伊藤博文が日本の国家統合の中心として重視したものは(2)である。
明治期のキリスト教宣教師の活動として、教材の内容に合うものは(3)である。
1873年のウィーン万博で生糸・絹織物の改良に関する報告書を作成した人物は(4)である。
1893年のシカゴ万博に木彫作品を出品して金賞を受賞した人物は(5)である。
日本とロシアの国境について、古い順に並べたとき正しい順序は、(6)である。
1940年から1944年までの国内の出来事として適切なものは(7)である。
史料2から判断して、次の組合せとして正しいものは(8)である。
旧満州からソ連軍により移送された日本軍兵士が送られた収容所の所在地は(9)であり、兵士の復員や引揚げによって都市部で深刻化した問題は(10)である。
政府で鉄道建設を主導した官庁と、最初に鉄道が開業した区間の起点の組合せとして正しいものは(11)である。
1853年の法令から分かる幕府の方針として正しいものは(12)。
幕末の日本と外国との関係に関する出来事を古い順に並べた正しい順序は、(13)である。
高輪築堤の建設について、教材から判断できる説明は(14)である。
表によれば、お雇い外国人の合計人数が最も多かった1875年に、技術者の人数は学術教師の人数より(15)。
日本人最初の機関士が誕生した1879年以後、お雇い外国人全体に占める技術者の割合は、表の範囲では(16)を示している。